バルトーク《ディヴェルティメント第3楽章》吹奏楽編曲初演

  • 2017.10.29 Sunday
  • 15:15

北海道教育大学岩見沢校の吹奏楽、スーパーウインズの演奏会にて、私が編曲したバルトーク《ディヴェルティメント第3楽章》が初演されます。

スーパーウインズの活動が始まって10周年を記念した演奏会です。

 

2017年11月28日(火)

18:30開場

19:00開演

岩見沢市民会館まなみーる

 

2017年11月29日(水)

18:30開場

19:00開演

札幌コンサートホールkitara大ホール

新曲初演情報 Duo Concertante pour tuba et piano

  • 2017.10.29 Sunday
  • 15:12

札幌交響楽団テューバ奏者の玉木様の委嘱により作曲した《Duo Concertante pour tuba et piano》が、ソロアルバムCD発売を記念したリサイタルで初演されます。

パリ国立高等音楽院等において管楽器試験用として書かれた新曲がその後演奏会のレパートリーとして定着していった曲は何曲かありますが、そのような二面性、つまり演奏試験等にも用いられるようなアカデミズムを持ち合わせ、なおかつ演奏会用としても聴き映えする曲を、という玉木さんのご要望にお答えして書いた作品です。
テューバのソロ曲というと、いわゆる金管的なパッセージが多く見受けられるレパートリーが多い印象ですが、あえて「歌わせる」「フランス的」「ピアノとの掛け合い」を意識して書きました。どうぞお越しください。

 

2017年12月20日(水)

18:00開場

18:30開演

札幌サンプラザホール

 

 

北海道教育大学スーパーウインズ2015 CD発売

  • 2016.11.19 Saturday
  • 03:13

真の芸術性で吹奏楽に挑む本校の挑戦が、CDになります。

私もバルトークのディヴェルティメント第1楽章をアレンジしCDに収録されております。

他にも、ショパンのバラード4番やプロコフィエフの戦争ソナタ7番などを吹奏楽にアレンジされたものが入っております。

 

芸術の感覚、感触

  • 2016.11.12 Saturday
  • 22:46

手長いです&思いつくままに書いてるので若干意味不明かもしれません。

 

今日のオペラ公演前のレクチャーで美術の先生が、ペン画と水墨画の違いについて、

 

「黒と白だけという共通の色を使っていながら、紙という平面に対しペン画は前に出てきている感じ。一方水墨画は奥に沈んでゆくように感じられる」

 

と仰っていたのが印象的。
これなんですよね!!芸術で大切な「感覚」「感触」って。

確かに言われてみれば奥行き感がまるで違う。

水墨画は遠近感を墨の濃淡で表す、というのはなんとなく知ってはいましたが、いざこうしてペン画と比較してみたことはなかったのでおもりろかったです。

 

________________

 

芸術、に限らずですけど、何かの「技術」が身につくということは、その人なりの「感覚」とか「感触」、そいういったセンサー(反応器官、みたいなもの)が自分の中に生まれたってことなんですよね。

 

例えば釘を一本打つにしても、素人からしたら角度とか力加減とか、色々頭で考えてやってしまう。

その段階はまだ感覚ではなく、頭で考えている段階。プロみたいにはうまくいかない。

でもプロは、正確に、かつ自分が思っていた通りに釘を一本打つ、という「感覚」が自分の中にある。

頭で考えるのではなく、自分の目、手、道具、すべてに神経が繋がって思い通りに打つことができる。

 

シェフが美味しい料理を作れるのは、素材、料理方法、道具、触覚味覚嗅覚、全部が見えない神経で繋がってる感覚があるから。

 

演奏家がいい音を出せるのは、楽器にまで神経が浸透して、「出したい音」を出すためにどう体と道具(楽器)を使えばいいか、感覚でわかっているから。

と同時に、よき耳を持っているから。

 

ヴァイオリニストが音の芯を掴むように弾く。

ピアニストが音の芯を掴むように弾く。

違う楽器で「音の芯を掴む」という感覚は、言葉にすると同じですけど、演奏上の感覚は当然違うはずです。

 

以前このブログでも書いた、和声感覚を自転車に乗ることについて例えたのも→記事こちら、つまりはこういうこと。

 

________________

 

で、そこからまた先の話。

今、釘とか料理とか楽器とか例を挙げたのは、極端に言うと自分で表現・実行する立場の場合。

これが、「享受・鑑賞・観察する側」になった時。

(演奏家は自分で音を出すと同時に聴いてもいますね)

 

プロAが打った釘の跡を、別のプロBが見たとしましょう。

「これはうまく芯を捉えてるね」

とか、たぶん言うんですよ(想像ですけど笑)!

釘を打つという感覚自体は、AさんとBさんできっと微妙に違いがあるでしょう。

それでも、Aさんが打った釘をみて、Bさん独自のセンサーが反応するんです。

 

シェフAが作った料理を食べて、シェフBは

「これは素材の味を引き出すためのナンチャラの〜」とか、自分の言葉で語れるんですよ(想像ですけど笑)。

料理をする感覚自体は、AさんとBさんで違うでしょうか、

Aさんの作った料理を食べたBさんは、Bさんならではのセンサーで反応するんですよ。きっと。

 

チェリストAが彼なりに自分の音楽を作り上げ演奏したとして、それを聴いたチェリストBは

「この音色は〜な音な感じがする」とか、自分の言葉で語れるんですよ。

たとえそれがAさんの意図した感覚とは違っていても、BさんはBさんの感覚でAさんの音を感じているんですよ(きっと)。

 

以前釣り好きの友人が、うまく釣るために竿先まで繋がった神経・感覚みたいなのを語ってくれましたが、要はそういうことなんですよね。

(その日1日だけではよくわかりませんでしたけど笑)

 

 

わたしの場合、調性音楽の和声感は、

重力のような感じで捉えています。

トニックは地に足がついた安定した重力状態。

サブドミナントは重力が軽くなってふわっと宙にうく感じ。

ドミナントは地面に向かって、重力に引っ張られている感じ。

 

また、長3和音は手前に来る感じ。

短3和音は手前奥に沈んでゆく感じ。

属7は下から上に持ち上がりそして下に落ちていく感じ。

ドッペルドミナント和音は横に引っ張られる感じ。

(曲とか、使われ方によっても違いますけど・・・)

 

ナドナド。

 

わかってくれる人も、共感できない人も、それぞれでしょう。

以前友人のピアニストにこの和声感=重力感の感覚を言ったら、

「全然わからん!笑 僕は和声感は色で感じている」

と言い返されました。笑

うん。僕にとって色はどっちかというと音色に関する感覚であって、和声感ではないかな。

でも、和声感を色で捉えるってすごいね!!!俺にはわからんけど!

と、大変興味深かったのを覚えております。

 

それぞれ同じものに対して、違う感覚を持っている。

反応するセンサーが違うんです。

 

そしてもっとおもしろいのが、その感覚を自分の言葉で語れるってすっごいおもしろいですよね!

感覚って、なかなか言葉にしずらい。説明しずらい。

でも言葉にできるほど自分の感覚を的確に言えるって、それはすっっっっごい強い感覚を獲得しているんだと思いますし、自分が思いもよらなかった感覚で感じているのを聞くと、ワクワクしちゃいます。

 

だがしかし。言葉でいくら言っても、理解しあえないことも多々。

なかなか同じ感覚を共有し合える人とは出会えないので、そういう人と出会ったときの嬉しさ、興奮といったら、半端ないですよね。

 

だからおもしろい!笑笑笑笑笑

 

_____________________

 

よく、赤いリンゴをみて、

自分のみている赤という色と、他人がみている赤という色は違うんではないか・・・?

みたいな話題、耳にしたり考えてみたこと、一度はあると想います。

私は、割と真剣に、違う色が見えている(それぞれ違う色を感じている)と信じています。

赤という感覚。

明るい赤?くらい赤?光沢がかった赤?

赤にも色々ある上に、みんなそれぞれに違った「赤い」という感覚があるんですよきっと。

(※脳科学者の茂木健一郎さんがこの感覚を「クオリア」と名付け色々研究しているみたいです。本もでてるみたいです。私は読んだことありませんけど。笑)
 

_____________________

 

今日、そのペン画と水墨画に対する感覚の違いを「距離感、奥行き感、手前、深い」とかいう言葉で説明されて、へーーーーー!と思ったんです。そうやって絵を感じているのね!と。

水墨画はまだ知ってはいたけど、ペン画って前に出てるんだ!!と!

 

確かに漫画の原稿は前に出てきている感じで、ジャ○プとかの雑誌で印刷された状態だと、なんか奥に引っ込んだ感じだな!と!(違うか

 

自分は作曲家なので、自分の書いた音に対する感覚はもちろん、偉大な作曲家たちが残した曲に対する感覚、音に対する感覚は自分なりにもってはいるつもりです。

音楽以外で、こうして絵画などの違う分野における感覚を聞くと、すごい刺激になります。

それを音楽に置き換えて、奥行きのある音とは・・・とか考えるだけでワクワクしますね。
 

 

 

芸術に限らず、何かに接したときの、自分だけの感覚。大切ですね。

共感覚とでも言えるんじゃないでしょうか。

 

_____________________

 

共感覚つながりで、かの有名な作曲家オリヴィエ・メシアンの話が個人的に強烈なのでご紹介します。

メシアンは、音を聞くと色が見える共感覚の持ち主でした。

 

サイモン・ラトルが司会を務め20世紀以降の音楽について紹介するリーヴィング・ホームという音楽番組があるのですけれど(これメッッッッチャおもしろいので是非買って見てください!)メシアン自身が、教会のステンドグラスから感じる音楽的感覚、そして色を一つ一つ言いながら、和音をひく場面があります。

 

 

 

これ、私的にはめちゃくちゃ衝撃でした。

 

You Tube 該当のシーン(直接該当のシーンにとびます)↓

https://youtu.be/JDGy56yYV-Q?t=11m37s

 


色を一個一個いいながら(見ながら?)、パレットからキャンバスに色を置くように和音にしていく。

 

・・・・・。汗

 

いや、サッパリ理解できない笑

 

でも、すごい笑(←これ大事

 

人それぞれの「感覚」

その違いが個性や解釈、世界観につながっていくのでしょうか。

 

その感覚をつかむために、日々訓練ですね。

自転車の練習と一緒です。

 

表現者として

自分の感覚を確固たるものに。

自分の感覚を信じる。

そしてその感覚をコントロールできるまで修練を重ねる。

 

鑑賞者としても、

自分なりの感じ方で、寛容で広い感覚の受け皿を持つこと。

 

 

これが大事ですね。

Twilight Trombone Qaurtet CD発売

  • 2016.04.28 Thursday
  • 23:38
いま最もアツい若手トロンボーンカルテット

Twilight Trombone Qaurtet

の第4弾CD「NEXTAGE」が先日発売になりました!
私も趣味でですがトロンボーンを吹いているので、このCDは本当に大好きな一枚になると思います。



早速聴きましたが、本当に素晴らしい演奏です!泣泣泣
トロンボーンの美しいハーモニーの真髄がここにあります。
演奏者の全員が東京藝術大学出身で、今東京佼成ウインドオーケストラや
芸大フィルハーモニアなど、日本のプロオーケストラで演奏するツワモノです。

通常の演奏会だけでなく、音楽劇を織り交ぜた演奏会形式の全国ツアーも行い、大変盛況なようです。
Twilight Trombone Quartet のFacebookページ等で、その活動を見ることができます。
このカルテットは、トロンボーンカルテットのレパートリーの拡張にも
相当力を入れていて、一体誰がこの曲をトロンボーンだけで演奏しようと思うだろうか!!
って曲まで、見事4本でやってのけるのもすごいです。
このCDに入っているチャイコフスキーのロメジュリ・・・
もはや圧巻!!すごすぎる泣泣泣泣泣
なんでこれをトロンボーンでやろうと思った泣泣泣泣笑泣泣笑
(あっ、笑が混じってしまった!)
PVでその一部が聴けます。




で、彼らは私の藝大時代の先輩後輩でして、その縁あって以前作品を委嘱されて
カルテット作品を提供したことがあります。
「Dots Dance」という曲です。
この度嬉しいことに、この曲をCDに入れていただけました!
是非聴いてみてくださいね!

    

札幌ラーメン#01

  • 2016.04.17 Sunday
  • 02:12
とても久しぶりのblog更新です。
いろいろありまして、北海道の大学で作曲の先生を始めて2年目。
もう札幌を愛して止まない、一札幌市民に成り果てた私です。
2年目の新米市民ですが、個人的に好きな店、あるいは道内出身者の知人友人らから教えてもらった最高にうまいラーメンを紹介していきましょう。
おもにすすきのです。

注:
私、麺類に入っているネギが死ぬほど嫌いで、ラーメンの写真はほぼすべて「ネギ無し」です。ご了承ください。
焼き鳥のネギ間とか、ネギ串とかは大好きなんですけど、麺類に入っているネギがどうしても許せないのです。
麺のもちもち感を邪魔するしゃりしゃりのネギ!スープの味を殺すネギの味!許せない!!!笑

まずは第1段目として紹介するのは

店名:天真爛漫(てんしんらんまん)
住所:北海道札幌市中央区南4条西5丁目4 シャンゼリゼビル 1F
営業時間:17:00~翌3:00
定休:無し(臨時休業あり)
個人的オススメ:味噌




んんん!この深みがありつつも深すぎず、横に広がる味噌の風味と、中太麺の相性の良さ!
そしてなにより、この香りの気品の高さ!
いわゆる「The・札幌味噌」とは路線が少々違いますが、ここの味噌は絶品。
(ただ、あまり好きじゃない人もごくたまに見かけます。好みなのでまあしょうがありませんね)
しっかり炙ったチャーシューにはいい感じの焦げ具合、スープの中に隠れた透明なもやしや玉ねぎがさりげない存在感で味を際立たせます!
すこーしニンニク、一味を入れるのが個人的オススメです。



毎回このくらいのレポートで、おいしいお店、紹介していきます。

おいしいラーメン食べて、新年度も頑張ります!!!泣

Herbie Hancock plays Ravel's Piano concerto in G 2nd mov.

  • 2015.12.29 Tuesday
  • 03:28
Herbie Hancock が弾いた Ravel の Piano concerto in Gmajor 2nd mov.
ちょいちょい挟むハンコックのイキなジャズセンス。
こんな演奏があったとは!素晴らし。



Ravelおじさん、きっと喜んでるはずや。
Ravelがジャズの影響を受けたのは渡米した1928年以降。
フランスに帰国後に書いたのが「Bolero」「Piano concerto 左手」「歌曲ドンキホーテ」そしてこの「Piano concerto in G」。
ほんまもんのジャズプレイヤーのセンスが加わり、素晴らしい音楽になってますね。
中盤以降にあるピアノの32分音符の連続部分とか、秀逸ですわ。

この曲を書いた1931年の翌年、タクシー事故にあい言語障害が悪化。
詳しくはwikiを見れば分かりますけど、私が一番強く心に残っているエピソードは、
Ravelが病床、友人に泣きながら
「私の頭の中には豊かな音楽がたくさん流れているのに、もう楽譜に起こすことができない」
と語ったエピソード。

作品が決して多くはないこの作曲家が遺した、素晴らしい作品の数々。
いまでもその輝きはフォーエバー。イェア。
やはりRavelが一番好きです。

おやすみなさい。
 

和声学習に想う・・・・「見えないカデンツ」

  • 2015.02.18 Wednesday
  • 04:53
学生が和声のテストに向けヒーヒー言っているのを見て物思う。
作曲専攻以外の学生で、和声が好きor得意という人は少ないと思います。やれ禁則だ、やれ配置が悪いだ、決まった答えは無いだ、先生は「見えない音を聴け」等と意味不明な供述を始めるわ・・・。

そもそも和声なんで出来なくても作曲も演奏も鑑賞もできます。勉強したとしても、聞いた瞬間(楽譜を見た瞬間)に和声を理解するレベルに達するには、果てしない時間と労力が必要です。もしあなたが作曲家でなく演奏家なら、和声の勉強をして時間を無駄にするよりも楽器の練習をした方がいいに決まっています。和声を修得したところで「絶対に」役立つとは言い切れません。

演奏家はとにもかくにも、綺麗な音で演奏することのほうがよっぽど重要です。
連続5度を巧みに回避して調性音楽を書くことにこだわる作曲家と、連続5度だろうがなんだろうが美しい響きで演奏することにこだわる演奏家では、確かに視点が違います。和声に対する必要性や重要性に違いが出てくるのも当然です。

そもそも和声は、大雑把に言うと、過去のクラシック音楽の歴史の中で「こうすれば綺麗に響く」「こうすれば汚く響く」ということを体系的にまとめた音楽理論でしかありません。必ずこうしないといけない!というものではないのです。
これは真理であると同時に、和声を学習する者からしたら「じゃあなんで勉強しないといけないのよ笑」というジレンマを生む原因の一つでもあります。絶対的な理論ではないのに、連続5度をすると先生に叱られる。全く意味が分からない世界です、和声は。

___________________________


「果たして和声を勉強して、何の意味があるのか・・・・?」

これに答えるのは容易ではありません笑

音楽の構造を理解するためでしょうか?
作曲家が選んだ音使いを探索する手がかりになるからでしょうか?
作曲する際に生かすためでしょうか?

どれもそれっぽい答えですが、絶対的な強さとしなやかさを持つ答えではありません。
和声だけが上記の事に繋がる鍵ではありませんからね。
決まった答えなんてないんですよね。。。人それぞれ和声に対する重要性は違いますし。

あくまでも個人的な考えですが、わたしが考える和声学習の意義というのは、
ハーモニーのもつ響きを「感覚として体得」するための練習、だと思います。

机上のみで和声を実施していたのなら、正直何の意味もありません。ピアノで弾いて実際に音を聴かないと意味がありません。和声課題を実施することも大事ですが、「良い解答を耳で覚える」ことのほうが重要だとも思います。
こう音を重ねればこういう響きになり、どんなハーモニーの力学が生じるかといったことを、8〜16小節のミクロの世界で少しづつ練習し、聴覚という感覚に記憶として埋め込んでいく、という鍛錬です。
ドミナントからトニックへ向かう時の吸引力、偽終止したときの意外感、なかなか解決しないもどかしさや、調性の色彩、準固有和音のまろやかさ、等等。そういったものを頭で考えるのではなく、「感覚」に昇華しないと、和声学習の意味はありません。
連続5度をしないように・・・第3音を重複しないように・・・導音は必ず主音に・・・第7音は2度下行。。。。。そいういうことじゃないんですよね、大事なことは(試験だったら減点されますけど笑)。

和声を修得すると何ができるようになるかというと・・・

・音楽の次の展開を予測できる
・たった1声部を聴いただけで、実際にはなっていない他の声部、背景に流れる和声が聴こえてくる
  (追記:これ↑は、Bachの無伴奏曲等、単旋律の楽曲を演奏する際に本当に重要)
・和音の響きを質量を持った実体があるかのように捉え知覚できるようになる

等等。
これらはあくまで私個人の感覚ですから、ちょっと言葉では分かり辛いかもしれませんが。。。

___________________________

また、和声はいわゆる調性音楽についてのハーモニーの勉強ですが、無調や他ジャンルの音楽をする時ももれなくこういう感覚が付いてきます。お得ですね(何が)。
例えば調性音楽と無調音楽。調性が有ろうが無かろうが、時間芸術という意味において、時間推移というものを軸に音をどう展開させていくか、ということを主としていますから、ハーモニーの力学や概念がちょいと違うだけで、時間推移上での音の展開という点においては根本的に変わりがないです。
また、調性がなくても「解決」や「偽終止」や「非和声音」等といった概念は少なからず存在していると思います(決してこれらが全てではありません)。分かりやすく言うと、例えば「解決」は「何か区切りがついた感じ」、「偽終止」は「意外な展開」、「非和声音」は「どこか緊張感をもった感じ or 音のぶつかりによるある種の快感」ですかね。これらはあらゆる音楽に何らかの形で存在していると思います。和声など存在しなかった時代や文化の音楽、調性の崩壊以後の音楽も、結局は時間を軸にした芸術(または芸能、文化)なのですから、何かしらの共通点はあると思います。具体的に言葉で説明できないのがもどかしいです。

その見えない時間軸上で、和音の連続によって生まれる重力変化をコントロールした一つのルールが「調性」で、それを体系的にまとめたのが音楽大学などで勉強されている所謂「和声」です。
和声では、不協和→協和または緊張→安定という「解決」、つまり「カデンツ」の連続が音楽の根底として流れています。カデンツは和音の相互関係だけにとどまらず、音楽のありとあらゆる要素に影響しています。対位法、主部分と副部分(サビとBメロ的な)、オーケストレーションの変化、等等。それらは複合的に扱われ、最終的に時間軸上に設計・配置されることで「見えないカデンツ」として存在しています。
和声学習は、その「見えないカデンツ」を掴もうとする、最初の一歩だと思います。

___________________________

くどいようですが、和声ができなくとも音楽はできます。
しかし、演奏活動が円熟してくると次第に、実体をもった「何か」の音楽感覚が知らず知らずのうちに自分の中にいることに気づき始めると思います。それがきっと「見えないカデンツ」です。
学生時代に和声がさっぱり分からなかったけれど、後年になり和声を再び勉強したい、という人が少なくないのは、自身の音楽活動の中でいつの間にか体得していた「見えないカデンツ」を、理論と共にハッキリ突き止めたいという欲求が生まれてきたからではないでしょうか。

私が大学の和声の授業で必ず言うことは
「弾いたり歌ったりして、耳で覚えろ」
です。
和声の初学段階は、まずハーモニー感覚をつかむための学習です。禁則を覚えることよりも、まず耳に響きを叩き込むこと。先にも述べましたが、ハーモニーのもつ響きを「感覚として体得」しないと、いつまでたっても机上での勉強のままです。
現に、全くピアノで弾いて自分で書いた音を確認しない学生よりも、しっかりピアノで弾いて響きを確認している学生の方が修得が早いです。

正直、大学の1〜2年間だけ、しかも集団授業で和声を体得するなんて、絶対に無理な話です。
それでも、いつか学生が将来音楽をしている時に「見えないカデンツ」に気付き、和声の存在を改めて認識した時に、和声学習は決して無駄ではなかったと思ってくれることを願って、毎週授業しています 笑。
学生に口で言ってもなかなか伝わりませんし、結局本人がそれに気づかない限りは和声を勉強した意義は発揮できないかもしれません。そしてそれに気づいた頃には、もうきっと和声の授業は受けられない環境にいるでしょう笑。
それでも、成績の優劣に関わらず、大学で和声を学習したということは、「音楽を紐解く鍵を一つ持たされた」ということに違いはありません。
その鍵を使うも捨てるも、どの扉を開けるか閉めるのかも、結局は本人次第です。
「見えないカデンツ」を、自分の感覚として体得する
これが、(和声に限らず)音楽理論を勉強する究極の目的なような気がします。

___________________________

例えばジャズでも、このコードにはこのスケールが使える、という理論的なことをまず勉強させられます。しかし、頭でだけ考えているうちは、いつまでたってもどこか杓子定規なアドリブしかできないでしょう。理論的なことを踏み台にして感覚にまで高めることが重要です。
自転車で例えると、
「前に進むにはペダルを漕がないといかない」
「曲がるときは重心を移してハンドルをゆっくり切る」
「止まる時はブレーキをかける」
などと、いちいち頭で考えて自転車に乗っている状態です。自転車に乗る時、そんなこといちいち考えませんよね?それはつまり、感覚として自分の中に既に存在しているからです。ジャズの演奏も一緒で、このコードにはこのスケールで演奏すればこうなる、ということを頭ではなく感覚として音に託せられるレベルになって初めて、自由なアドリブが演奏できるってもんです。

和声学習も本当はそこまでやらないと意味がないんですけど、なかなか学校教育の中では難しいですね。。。
学生諸君、なんとか和声の試験、乗り切って欲しいです笑(結局現実的にはそこ←笑

文章書くの苦手なので、ちょっと読みにくい内容になってしまいましたが、長文におつきあいいただきありがとうございます。

おしまい

仕事で関わったCD

  • 2015.01.13 Tuesday
  • 01:52
以下の劇伴音楽の製作をお手伝いしました。
とてもおもしろいドラマでしたね。毎週欠かさず見てました。
音楽も魅力的で楽しかったです。

アトリオン国際室内楽アカデミー2015

  • 2015.01.10 Saturday
  • 18:08
2015年1月6日から10日まで、アトリオンで開かれたアトリオン国際室内楽アカデミー
若手演奏家の育成を目的に、期間中一流のプロ演奏家によるレッスンを受けられるという、秋田県にしては相当珍しい本格的な講習会です。



講師陣:
豊嶋泰嗣(Vn)
大山平一郎(Va.)
アレッシオ・バックス(Pf.)
アレクサンドル・ブズロフ(Vc.)
の四氏。

こういった講習会やアカデミーでぱっと思い浮かぶのは、草津夏期国際音楽アカデミー京都フランス音楽アカデミーですが、このアトリオンは今年が初で、室内楽に特化したアカデミーだという点が特徴的です。

藝大〜パリと同級生として共に学んだチェリストから
「講習会受けに秋田来たよ笑」
と突然メッセージが来て、それで初めて知りました。
受講生のレッスンは一日1,000円で聴講可。
講師陣のリハなども聴講できます。


私はレッスン聴講、9日に行われた受講生発表会、10日に行われた講師陣の演奏会と、随分と堪能させていただきました。
うちの大学の学生にも声をかけて皆で聴講へ。学生は普段間近で弦楽器のアンサンブルを聴く機会がほとんどないので、大変勉強になった模様。
まさか秋田でこんなに質の高い講習会が開かれるとは、正直思ってもいませんでした。受講生も藝大や音大出身・在学生がほとんどだったようです。受講生は、きっと講師陣に魅力を感じて来られたのだと思います。
受講料は比較的良心的で安い方ですが、交通費と宿泊費をプラスすることを考えると、どっこいどっこいですかね・・。特に都内や関西方面から来る人は結構大変なのでは?しかし、受講生に九州の方とかもいたので、本当にこういう講習会は需要があるんだな、と感じました。

_______________________

私も多くはないですが作曲のアカデミーに行った事がありますが、今回のアトリオンのアカデミーを見ていていくつか思った点があったので挙げてみますと

・集客、周知の甘さ
 一般の人向けの告知が少々甘く感じました。特に聴講ができる事と、受講生の発表会。10日の講師陣の演奏会は6〜7割り席が埋まってましたが、受講生の発表会はホールに10人いたかいないか程度でした。受講生の発表会は、無料にしてもっと人を呼ぶべきでしたね。いくら受講生とはいえ、プロを本気で目指している人達の演奏ですから音楽性は非常に高いです。メディア等を通じてもっと宣伝すべきだと思いました。聴講も、県内の弦楽器関係の方々がもっと来るのかと思いきや、ほとんど見かけず。

・期間中のスケジュールの情報公開
 期間中に行われるレッスンの予定等が、当日早朝にならないと発表されなかったため、聴講に行こうにもなかなか予定が立てられなかったです。
しかし、講習会は初日に講師と受講生が話し合ったりしてスケジュールを決める事が多々あるので、しょうがないといえばしょうがないのですが、せめて何日の何時から第何練習室では弦楽四重奏、何時からホールでは四重奏、等、編成だけでも早めに知れたら嬉しいですね。せめて前日発表になるだけでも聴講生も受講生もかなり助かると思います。

・受講コースの充実
 まだ今回が初なのですが、もし今後発展する余地があるならば、ピアノ伴奏コース、管楽器コース(年度ごとに楽器を指定)などもあると、室内楽としての広がりがもっと広がるのかと。受講生も勉強になるでしょうし、聞きに行く側としても魅力的です。
当然運営面では苦労が増えるかとは思いますが、少しずつで良いのでノウハウを蓄えて、コース充実を図ってほしいです。

_______________________

つらつらと生意気に書いてしまいましたが、秋田でこのようなプロ指向の講習会が開かれた事を、心から嬉しく思います。
是非、是非、継続的に、全国的に有名な講習会に育っていって欲しいと思います。
秋田は、何かイベントをやっても絶対に衰退して2〜3年後には姿を消してしまう、という事が多々あります。
音楽面では何かと吹奏楽一辺倒で、こうした室内楽やオーケストラ関係の音楽文化がなかなか浸透しきれていません。
なので、この講習会をきっかけに国内外から優秀な若手と一流の演奏家を招致することで、秋田県の芸術の発展に寄与してゆく事を切に願います。

受講生、講師陣の演奏、本当に素晴らしかった。
個人的にはピアニストのアレッシオ・バックス氏の演奏に感銘を受けました。

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